妙蓮寺で、DIYな雑誌を作るまで(前編)

つくり手ケのまち

みなさんこんにちは。石垣 慧(いしがき けい)です。平成3年生まれ、静岡出身。普段は妙蓮寺に住みながら、編集・執筆に関するお仕事をしています。この「ケのまち」でも多くの取材記事に関わっていますし、紙面版(ケのまちしんぶん)では「ビギナー日記」を連載していたりもするので、どこかで見覚えのある方もいるかもしれません。

そんな僕ですが、実は去年(2025年)の夏、妙蓮寺を拠点とする独立系出版レーベルである【出版社ビーコンを立ち上げました。12月には第一作として、これまで個人として制作してきた『生存報告誌BEACON』の最新号(VOL.4)を発売しています。

レーベル設立の当初に掲げたのは「ひとりで出版する」「自分の力で雑誌を作ってみる」という、実にシンプルなチャレンジ。でも、その単純に見える営みがこんなにも難しかったり奥深いことだったとは、思いもよらないことでした。

時に回り道したり、引き返したり、迷ったり。まっすぐにはいかないことだらけでしたが、僕の周囲にはいつだってケのまちの人やお店の支えがあったようにも思います。今回はそんな僕の「雑誌制作記」、言うなれば妙蓮寺のひとり出版社として雑誌を作るまでの裏話を振り返ってみようと思います。


妙蓮寺に住んでみる

僕が妙蓮寺に住みはじめたのは、2024年の夏。そもそもなぜ、僕がケのまち・妙蓮寺に住むようになったのか。そのいきさつからカンタンに振り返ってみたい。

「ビギナー日記」にも書いてきた通り、それまでの僕は長らく大阪に暮らしていた。出版社で編集職を一瞬だけ経験したり、夜はバーをはしごしてセッションバンドに加わったり。実にふらふらとした生活を送っていた(今でもそうかもしれないけど)。

自分が何をして生きていきたいのかもよく分からない。そんな時期に、折りしも新型コロナウイルスの流行が重なって、街に繰り出すことさえできなくなった。ひょんなことがきっかけで、僕は同世代の「生存報告」を聞き取り、紙にまとめて綴じる活動をするようになる。ちょうど「ZINE(ジン)・リトルプレス・独立系出版」などのムーヴメントが着実に広がりを見せるようになった頃の話だ。漫画家・デザイナーの塚田ゆうたと出会い、彼と一緒になって『生存報告誌BEACON』を作り上げた。(注1)

『生存報告誌BEACON』記念すべき創刊号(VOL.1)

ジュネーヴの物理学者から大阪のバンドマンまで。多彩な声をリソグラフ印刷でパッケージしたZINEは評判を呼んだ。京阪神の書店に取り扱ってもらいながら、様々な地域の独立系書店と呼ばれるお店にも置かせてもらえるようになっていった。その一つが、横浜・妙蓮寺にある「本屋・生活綴方」だった。

21年の冬、大阪から深夜バスに乗りこんで、首都圏の書店を何軒も営業したことがあった。会社勤めの合間の貴重な休日を使って、くたくたになるまで街を歩き回った。大阪への帰りがけ、最後に綴方に立ち寄った。店長の鈴木さんやお店番さんと交流させてもらい、この街やお店の雰囲気に不思議な懐かしさ、居心地の良さを感じたことを覚えている(その帰りがけ、作家の安達茉莉子さんの手による素敵なカレンダーを購入したのもなつかしい思い出だ)。

本屋・生活綴方 店内奥のスペースにて、「ハンドメイド版」としてリメイクした本誌VOL.1を制作中の様子。

数年後、身体の不調に悩まされていた時に、鈴木さんや三輪舎の中岡さんに再会した。「転地療法」として横浜にもう一度住んでみようと思っていることや、かねてより妙蓮寺に覚えていた予感について話した。(注2) 「それならすぐに引っ越した方がいいよ」 二人のアドバイスに背中を押されるように、僕は住み慣れた関西を離れる決心をした。


出版レーベルを立ち上げる

無事に妙蓮寺に引っ越しすることができた。できたけれども、勤めもなく、身近な友達もいない。きれいさっぱり、ゼロからの再スタートという感じだ。手元にあるのは、『BEACON』で培った編集の経験だけ。だから自然とフリーで編集や校正の仕事を引き受けるようになった。綴方に通ううちに、気がつけば同世代の友達も増えていった。(注3)

ある時、身近な人から不意に「慧ちゃん、自分で出版やってみる気はないの」と質問をされて、思いがけず戸惑ったことがあった。なんとなく、やりたいと思っていながら「遠い将来にやろうと思っていること」ぐらいにしか考えていなかったこと。それが僕にできるのかも? 家計管理さえあやしい自分には無理難題のようにも思われたけれど、同時にわくわくするような感情も芽生えていたことに、気がついた。

岩手県紫波町にて開催の「本と商店街」出展時の様子。こんな形で、日本の津々浦々へ自分の作った雑誌を売りに出かけている

うんうんと悩んだ末に、決めた。これまでしてきたことの延長線上にある営みに、真正面から取り組んでみても良いのかもしれない。そういう人生のタイミングが、来てるのかも…。そんな感覚が閃いたら、あとは全力で走り出すだけだ。屋号はそのまま「出版社ビーコン」。「漂流する人のために」を掲げて、まだ名前のつかないジャンルや取組にも積極的に挑戦していけるようなレーベルを立ち上げることにした。

当たり前すぎる話だけど、始めてみると分かる話。一人で旗印を掲げる「独立系出版」「ひとり出版社」は、会社勤めとは全然違った種類の面白さ(あるいは難しさ)に満ちている。ある種スペシャリストであることを諦め、ほどよい妥協精神を持つゼネラリスト的な振る舞いが求められる仕事、と言えるかもしれない。今は右も左も分からない状態だから、周囲の人びとから色々と教えてもらったり、あるいは独りよがりな失敗を繰り返しながら学んでいる(2年目からは初歩的なハードルぐらいはつまずかないようにしたいな、という気持ち)。

「ハンドメイド版」VOL.1の印刷風景。表紙紙はクラフト紙に変更し、アーシーな雰囲気に。

…というわけで、前編はここまでになります。後編からはいよいよ『生存報告誌BEACON』復活号の制作裏話に突入!どうぞお楽しみに〜!

【注釈】

注1/塚田ゆうたは現在、ZINEを作る高校生を描いた漫画『RIOT』を「月刊!スピリッツ」(小学館)にて好評連載中。彼も深く関わってきた本誌『BEACON』と合わせて読むと、色々な発見があると思います。

注2/僕自身、「静岡出身」と言いながらも、出生地は小机あたりだったりします(初めてのあんよは岸根公園だったそう)。物心つく頃には静岡に移り住んでしまったけれども、大学生の頃は保土ケ谷に住んでいました。そういうわけで僕は「ハマっ子」ではないけれど、ここ横浜にはいつもふるさとのような安心感を覚えてしまうのです。

注3/その間のゆるい妙蓮寺ライフの端々は、2025年の1年間「ケのまちしんぶん」に連載していた「ケのまちビギナー日記」に書き連ねてきたので、機会があればみてみてください。

出版社ビーコン / BEACON.pub

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この記事を書いた人

石垣 慧

石垣 慧

91年生まれの妙蓮寺在住。「出版社ビーコン」を主宰するほか、編集者として、また文筆家・校正者としても幅広く活動中。

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