菊名からミシュランを目指す 新進気鋭のイタリアンシェフ〈古賀 雅仁〉(前編)

お店とケのまち

菊名で2017年にオープンした本格イタリアン
Osteria Italiana COVA」のシェフ古賀 雅仁さんに、お話を伺ってきました。

プロフィール

古賀 雅仁(こが まさひと)

1985年 横浜市生まれ  イタリアのミラノ育ち、パスタの美味しさに感動し料理の道を志すことに。 調理師専門学校卒業後、修業期間を経て、独学で料理を研究し、 新時代の若き才能を発掘する、日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35 (RYORININ’s EMERGING DREAM)」2年連続( 2014・2015 )ブロンズ、サンペレグリノヤングシェフ国内最終選考 2015など、コンクールを受賞歴多数。 独創的で芸術的なイタリアンを提供する「Osteria Italiana COVA」を菊名で2017年に開業。

古賀シェフの創り出す料理は、鮮やかな色彩と、美しい盛りつけが特徴的です。
どのようにしてこのような料理を作り出すことに至ったのかや、将来の夢など、沢山のお話を伺ってきました。

酒井:

まずは恒例の『関係ない質問をぶつけてみた』をどうぞ!

出身
神奈川県横浜市
好きな深夜番組
深夜番組は見ないですね、Amazonプライムでアニメを見るのが好きです
ハマっているもの
幼い頃に日本のアニメを見れなかったので、今になって日本のアニメにハマってます!
よく使うスマホアプリ
Amazonプライム
好きな洋服のブランド
UNIQLO 料理以外はあまりこだわりがない ・・・ 
息抜きする方法は
寝る
オススメのサイト
料理本しか見なくて…
最後に旅したのは
調理師専門学校の頃
最後に泣いたのは
思い出せない…

幼少時代はガキ大将、親に反抗して出した白紙の試験用紙

古賀さん:

3才から父の仕事でイタリアのミラノに住んでいました。
父は仕事で大手精密機器の営業をしていて、ヨーロッパ支社がイタリアにあったんです。
その関係で3才から12歳まで家族でイタリアに住んでいました。

酒井:

かっこいい!イタリア語は話せるんですか?

古賀さん:

突然イタリアに行って、現地の幼稚園に通うことになって、よく泣いてたみたいですが、周りに日本人がいない環境で、会話を聞いていたら幼稚園児ですが1週間くらいでイタリア語を話すようになってたそうです。

でも、小学校1年生になるとミラノの日本人学校に転校して。
そうすると周りが日本人で話すのも日本語なので、中学校くらいになるころにはイタリア語を忘れてしまいました(笑)

酒井:

どのような少年だったんですか?

古賀さん:

ミラノの小学校はクラス替えがなくて、6年間同じクラスで過ごしていたので、みんな家族のようだったんです。

当時は体も大きい方だったので、ガキ大将的な位置づけで、わがままで言うこと聞かないし、やりたい放題していましたね(笑)

古賀さん:

12歳までイタリアで過ごしたあとは、家族と日本に帰ってきて川崎で暮らすことになりました。

日本に戻ってからは、割と落ち着いた雰囲気を出してました。転校して知らない人たちが居る環境になったことで、猫を被っていました(笑)

本来は恥ずかしがり屋なので、知らないところに行くと素の自分を出せないんですよね。

古賀さん:

日本に帰ってきたら、受験上は”帰国子女”というアドバンテージがもらえるので、親からは『進学しろ』と言われました。
 
でも、進学しろと言われた学校は遠いし『赤いふんどしを履く』というしきたりが嫌で…
 
母親には『試験に行きたくない』といったけど認めてもらえなかったので、試験当日は白紙で出しました。
 
とにかく『ふんどし』がイヤで(笑)
合否発表は、落ちてることはわかっていたけど見に行きました。 母親には白紙で出したことは言ってなかったので…

そして当たり前ですけど、見に行ったら落ちてて、「やったー!」と言ったら、母親に怒られて(笑)

三兄弟の真ん中っこ(写真右が古賀シェフ)

古賀さん:

そんなことがあったので、親もあきらめてくれて、その後は『大学に行け』と言われなかったですね。
 
高校卒業後は、自分の夢であった調理師の専門学校に通うことになりました。

正解かどうかもわからない 独学での勉強は試行錯誤の連続

酒井:

そもそも、料理の世界を目指そうとしたきっかけは?

古賀さん:

イタリアに住んでいた時に給食で食べたパスタがすごい美味しくて。パスタがなによりも大好きで、風邪ひいたときも、おかゆは食べたくないけど、パスタは食べるほどパスタが好きで(笑)
 
美味しいパスタを自分で作れたら、と思ってこの世界を志しました。

パスタ好きの古賀シェフが作る自家製フェットチーネは本当に美味しい!!

古賀さん:

初めての就職は、ディズニーのホテルミラコスタで、3年間勤務しました。その後、カフェを展開する会社に転職して23歳でシェフになりました。
 
普通シェフって、10年くらい下積みをした人がなれるんですけど、その会社では、たまたまやる人が居なかったということもあって、当時まだ平凡でしたけど僕がシェフをやらせてもらえることになりました。

シェフになったことで、 スタッフやお客様から、色々な質問が次々に来るので、その時はじめて『真面目に勉強』しました。ホテルの修行時代は怒られたくなくて勉強したけど、このときは必要に迫られて本気で勉強しました

酒井:

このときの勉強は独学ですか?

古賀さん:

そうですね。調理師の基本しか勉強していなかったので、職場には触れたことのない食材が山ほどありました。
 
新しいメニューを考案するときに、いろんな食材に触れてみて、作ってみて、『これは良かった、ダメだった。』と試行錯誤の連続です。

古賀シェフの勉強ノート。膨大な情報量です、、、

古賀さん:

試行錯誤の連続で、自分の出した答えが正解かどうかもわからない。
 
できあがったものを食べてもらって、経験値の高い人から意見をもらえる環境ではなかったので、

『これでいいんだ』と自分で決める感じでした。

古賀さん:

なにをするにも自分で考えて。流行りのお肉の調理法があると、特殊な加熱方法をそのまま真似しても、やっぱりわからなくて、何が正解なんだろう…と思いながら試行錯誤していました。

それまでは『肉なんて全て同じように焼けばいい』と思っていたけど、そのシェフ時代にそうじゃないんだと気づかされて、、、
 
インターネットで”お肉の加熱”って調べて、お肉ごとに適温があることを知って、、、というように
トライアンドエラーしながら、自分で解決していきました。

後編はこちらから

酒井:

後編も是非ご覧ください。

Osteria Italiana COVA

電話番号
045-298-1537
URL
https://osteria-cova.shopinfo.jp/ 

この記事をシェア

  • URLをコピーしました

この記事を書いた人

酒井洋輔

酒井洋輔

編集長
くらしとすまいの松栄三代目。妙蓮寺生まれ・妙蓮寺育ち。農業を参考に、不動産と建築、街づくりが循環し、持続可能な形で成長するビジネスモデルを探求中。

このライターの記事

RECOMMEND